同労者

キリスト教—信徒の志す—

聖書研究

— 万人祭司・万人予言者・万人王(第73回) —

野澤 睦雄

・・クリスチャンはみな預言者である。みな祭司である。また王である。キリストにあって、神は私たちを一体とし、そして王位に着けられた。
・・ C.E.ジェファソン(「教会の建設」から引用)

3. 新約における三つの職務の考察(つづき)
3.2 新約の預言者(つづき)

 私たちは旧約の預言者たちの栄光を見て、尻込みすら感じるわけですが、聖書はこう述べています。
「律法には、後に来るすばらしいものの影はあっても、その実物はないのですから、・・」(ヘブル 10:1)
「この救いについては、あなたがたに対する恵みについて預言した預言者たちも、熱心に尋ね、細かく調べました。彼らは、自分たちのうちにおられるキリストの御霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光を前もってあかしされたとき、だれを、また、どのような時をさして言われたのかを調べたのです。彼らは、それらのことが、自分たちのためではなく、あなたがたのための奉仕であるとの啓示を受けました。そして今や、それらのことは、天から送られた聖霊によってあなたがたに福音を語った人々を通して、あなたがたに告げ知らされたのです。それは御使いたちもはっきり見たいと願っていることなのです。」(I ペテロ 1:10-12)
ここに「あなたがたのために・・」と書かれたあなたがたとは「私たち」のことです。旧約の預言者たちが自らは手に入れることのできなかった「救い」を私たちは与えられているのです。ですから私たちは与えられているものの大きさに従って行動することが求められています。ヘブル人への手紙の記者が、旧約の示しているものは、本物の形がどのようなものであるかだけであってその実物ではない、つまり私たちに与えられているものは、非常に大きいのだから畏れを持ってそれを取り扱うようにと繰り返し強調していることは先にのべた通りです。預言者についても同様であることは明らかです。
 旧約の祭司が新約の祭司がどのようであるべきかについて光を投じるのと同様に、旧約の預言者は新約の預言者がどのようなものであるかを示す光を投げかけます。旧約の預言者は新約の預言者がどのようなものであるかを示しているのですから、先に学んだ旧約の預言者の内容を思い返していただきたいと思います。そのために預言者の職務は、その冒頭に記しました内容をもう一度取り上げておきます。
 ・・ 預言者の職務の中心は「神のことば」を取り次ぐことです。この世の仕事の区分で言うならば、祭司の役目は宗教の領域であり、王の役目は司法、立法、行政そして軍事を担うものであり、預言者は教育・・普通の学校教育のようなものではなく、神との係わりに関する教育ですが・・の領域に相当しています。 ・・
あとの節で、預言者の職務に立法を入れていますが、この部分の記載と矛盾するとせず、立法には王の職務範囲の事と、預言者の職務範囲のことがあるとご理解頂きたいと思います。
預言者について、本誌105-107号に掲載のエーリヒ・ザワーの世界の救いの黎明から引用した内容を、項目だけもういちど取り上げ、預言者の職務の内容を把握する一助としたいと思います。
1 預言者は<話す人>である。
2 預言者は<先見者>である。
3 預言者は<ものみ>である。
4 預言者は<神の人>である。
予言の歴史は七つの時期を経過する。
(1) 最初の時期。アダムからモーセまで。
(2) モーセからサムエルまで。
(3) サムエルから記述した預言者たちまで。
(4) 記述した預言者、ヨエルからマラキまで。
(5) 神の沈黙。マラキから新約まで。
(6) キリストの予言的伝道。
(7) 教会の中の預言。
 次にメシヤ王国によってすべての予言が成就し、したがってすべて特別な予言のやむすばらしい時期がくる。

 さて、今の時代に、神のことばを取り次ぎ、それを教える人・・単に知識を授けるだけでなく、「教え、戒め、矯正、義の訓練」をする人・・は誰でしょうか?
もちろん、牧師、伝道師、宣教師、伝道者などと呼ばれている人々がその先頭に立ちますが、私たちキリスト者ひとり一人がその役目をいただいていることはいうまでもありません。神からその職務に任命されている人を預言者と呼ぶべきなのですから、キリスト者はすべて預言者です。
ここに「万人預言者」である根拠があります。
 預言者のイメージとのギャップの故に、私は預言者などといえるものではありませんといってすませるのではなく、預言者に相応しい人格、品性、神との交わり、事に当たる技量をいただいて、預言者に相応しく変えていただく方向に進まなければなりません。

(以下次号)
(仙台聖泉キリスト教会員)

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