同労者

キリスト教—信徒の志す—

聖書研究

— 万人祭司・万人予言者・万人王(第58回) —

野澤 睦雄

・・クリスチャンはみな預言者である。みな祭司である。また王である。キリストにあって、神は私たちを一体とし、そして王位に着けられた。
・・ C.E.ジェファソン(「教会の建設」から引用)

3. 新約における三つの職務の考察(つづき)
3.1 新約の祭司

<キリスト者はみな祭司であること>
 このことをこれまで当然のこととして述べてきましたが、もう一度確認をしておきたいと思います。 私たちキリスト者が新約の祭司であることは、以下の3つのことで明らかです。
1. イエス・キリストは祭司です。そしてイエスは教会の頭であり、私たち教会はキリストの体であるから、私たちはキリストの祭司の働きをするのであることです
「また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司(イエス・キリスト)があります。」(ヘブル 10:21) 
「また、御子はそのからだである教会のかしらです。」(コロサイ 1:18)
「大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」(ローマ 12:5)

2. ペテロは私たちが祭司であると述べています。
「あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。」(Iペテロ 2:5)
「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。」(Iペテロ 2:7)

3. 私たちが模範とすべきパウロは、自分が祭司の務めをを果たしていると述べています。
「それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。」(ローマ 15:16)

<旧約の祭司は私たちが祭司の務めをするときの、ひな形として参考になるものであること>
 このことについては、旧約の祭司の項で論じましたので、そちらを参考にして頂きたいと思います。

<旧約の祭司と新約の祭司の違い>
 旧約の祭司の規定は、主にレビ記に記載されています。新約の祭司の規定は、イエス・キリストの祭司職の解説として、主としてヘブル人への手紙に記されています。
 旧約の祭司と新約の祭司とでは何が違っているのでしょうか。そのことについて関連する聖書の記事を検討しておきたいと思います。
1. 旧約の祭司の務めは、新約の時代が到来するまで一時的に課されたもので、単に体に属することに過ぎず、それを行った人の罪を赦したり、良心を完全にすることはありませんでした。
 それは、真のものの「写しと影」に過ぎませんでした。
「初めの契約にも礼拝の規定と地上の聖所とがありました。・・・この幕屋はその当時のための比喩です。それに従って、ささげ物といけにえとがささげられますが、それらは礼拝する者の良心を完全にすることはできません。それらは、ただ食物と飲み物と種々の洗いに関するもので、新しい秩序の立てられる時まで課せられた、からだに関する規定にすぎないからです。」(ヘブル 9:1、10-11)
「その人たちは、天にあるものの写しと影とに仕えているのであって、それらはモーセが幕屋を建てようとしたとき、神から御告げを受けたとおりのものです。神はこう言われたのです。「よく注意しなさい。山であなたに示された型に従って、すべてのものを作りなさい。」(ヘブル 8:5)

2. イエス・キリストの祭司職は、レビ系の祭司職とは、別のものです。祭司職が変わるとその規定(律法)も変わります。その理由は、レビ系の祭司職による贖罪の儀式では、完全に到達することができなかったからです。
「さて、もしレビ系の祭司職によって完全に到達できたのだったら、──民はそれを基礎として律法を与えられたのです──それ以上何の必要があって、アロンの位でなく、メルキゼデクの位に等しいと呼ばれる他の祭司が立てられたのでしょうか。
祭司職が変われば、律法も必ず変わらなければなりません ・・・。
もしメルキゼデクに等しい、別の祭司が立てられるのなら、以上のことは、いよいよ明らかになります。
その祭司は、肉についての戒めである律法にはよらないで、朽ちることのない、いのちの力によって祭司となったのです。この方については、こうあかしされています。   「あなたは、とこしえに、メルキゼデクの位に等しい祭司である。」」(ヘブル 7:11-12、15-17)

 引用したこれらのみことばから、新約の時代に生きる私たちに与えられる恵がいかに素晴らしいものであるかが分かります。それらは、旧約の預言者たちもそれを遙かに仰ぎ見、自分たちが受ける恵みではないことを知っていたました。 今私たちはその恵を頂いています。私たち新約の祭司は、イエス・キリストの体として、それを隣り人に分かつ役目を与えられています。それはなんと光栄あるものであることでしょう。

(以下次号)
(仙台聖泉キリスト教会員)

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